【感想】異世界食堂(2期)を見ta【アニメ】

こんちは。三千院ナギです。

異世界食堂の2期を見たよー。

 

もう最高。

全12話という尺の中で展開されている現存の

グルメ系アニメの中ならトップクラスなんじゃないかな…。

 

是非色んな人に見てもらいたいアニメ。

何で最高なのかちゃんと書いていきます!

特に社会人に強くおすすめしたい。

 

(1)どんな話なん?

 

箇条書きで書く。

 

 

・あまり食文化が発達してないファンタジー異世界が舞台。

・7日に1度、「現代日本で店を構える洋食屋」と食文化後進国のファンタジー異世界が繋がる。

異世界に「扉」としてその「洋食屋の入り口」が現れて、そこに入った異世界人が現代日本の洗練された料理を食って悶絶する。

 

 

というアニメ。

 

 

(2)それの何がいいん?

圧倒的カタルシスがイイ。

 

 

まず異世界系で押さえたいカタルシスって

 

・は?舐めてたけどこの主人公つよいじゃん?

 

というギャップ系カタルシスだと思ってる。

 

 

・冴えない男が神からチート能力貰った状態で転生して無双

・ゲームの世界に突入した女がそのゲームの知識活かして無双

・勇者パーティから追い出された弱小スキル持ちが無双

 

 

みたいなのをギャップ系カタルシスと呼んでいる。

評価が逆転する瞬間が気持ちいい

 

 

そのギャップ系カタルシス

異世界食堂では「料理」を媒介にして行っている。

 

 

どういうことかっていうと異世界食堂が出店する異世界では

とりあえず腹減ったから、何か胃に入れるみたいな食事してて、

もうそれがデフォの世界なんですよ。

みんな鶏むね肉食ってるみたいな感じ。

 

 

だけど、その常識にいきなり「A5牛のステーキ」がやってきたら?

破壊されるよな、脳みそが。当然悶絶する。

 

 

ノーガードな所に強烈な横フックが飛んできて、

感情をあらわにする

 

 

それを料理でやってるのがこのアニメの面白いところ。

異世界」と「料理」という仕組みを使って

うまいこと演出してるのが特徴的なアニメです。

 

 

 

(3)1話完結型のシナリオ構成が、イイ。

 

そして言いたいのは、これなんすよ。

この物語は「次回へ続く」と結末が引き延ばされるアニメじゃなくて、

1話毎に結末がある。

 

 

【1話毎のながれ】

1:その回訪れる異世界人のバックグラウンド説明

2:なんやかんやあって、異世界食堂の扉を発見

3:異世界人、来店

4:異世界人、日本の飯を食う

5:異世界人、昇天

 

 

もう徹底して全部コレ。

1話毎に必ずカタルシスを得ることが出来て、

満足出来るってことなんだよね。

 

 

料理って本当に種類が多いから

料理毎にエピソードが書けちゃって。

 

 

料理に特に深い因縁とかいらないから、

様々な異世界人出せちゃって。

 

 

色んな角度から料理×異世界の話が書けちゃう。

 

 

そして異世界人は料理毎に驚く。

こんなにうまいもんが、存在するの・・・?」って。

 

 

料理出されるたびに、

その世界じゃ味わえない洗練された味わいに、

驚愕をしていく。そういうアニメっす。

 

 

恋愛青春モノで言うと、

ヒロインが主人公の特定行動をきっかけに

一気に「恋に落ちるシーン」

手軽に摂取できる感覚。

 

 

通常の1クールアニメだと、どこかに山場があって、

その山場を作る為の仕込みの話が1~2話あって、

でもその仕込みの話はあまり盛り上がらないわけですよ。

 

 

それがこのアニメはないんです。

だから、社会人向き

 

疲れたときにインスタントにアニメから

「最高を摂取したい」んじゃん?

だから、こういうアニメの存在は貴重なんです。

 

(4)そして、2期がなぜ神なのか。

それはな。

 

 

11話があるからなんだよォ─────────ッ!!

 

 

まずな。

 

 

11話は

・店の常連同士で結婚する話

 

 

なんけど、もう、これがもう、最高。

 

 

【感動の下地】

・まず、飯ってうまい。

・飯に感動する気持ちってみんないっしょ。

・人間じゃなくても、それはいっしょ。

・つまり、同じ釜の飯を食ったとき、種族の垣根を越えて同じ美味しさをあじわえる。

・そして、同じ気持ちになれるということは、仮にわだかまりがあったとしても、それを超える余地があるということ。

 

 

このエッセンスを詰めた話がいっぱいあるわけ。異世界食堂は。

全てのエピソードにカタルシスがあるし、料理を通して気持ちを通わせるので、

ハートフル。

 

そしてその最たるものとして

 

異世界食堂の「可能性」】

・同じ感情を共有できる人との出会いがある場所が異世界食堂

・ご飯を通じて、誰かと仲良しになったりできるのが食卓

・飲食店はつまり、コミュニティマネジメントの一例

・そしてそのコミュニティの中で、親友とかそういう仲良しさんたちが出来ていく

・そしてその関係性の一つの到達点である「結婚」する例が登場

 

という現象が11話にはあった。

 

11話では砂の国の王子が、帝国のお姫様に、お店の中でプロポーズする。

そのプロポーズを聞いた全ての種族がスタンディングオベーションする。

 

飯をうまいと思う気持ちも一緒だし、

そのプロポーズが実ったことを祝福したい気持ちも一緒だから、

スタンディングオベーションに一体感がある。

 

ここなんすよ。一番エモいのは。

みんなが幸せで、ハッピーで、最高なんです。

同じ空間で、飯食ってただけなのに・・・。

 

このアニメの極みは、2期11話。僕の中では。

 

 

有名な話を引用したい。

協会を作る3人の男がいた。

1人に「何を今してるのか?」を聞くと、「レンガを積んでる」という。

1人に「何を今してるのか?」を聞くと、「教会を作ってる」という。

1人に「何を今してるのか?」を聞くと、

「教会を通して人々に安らぎを与える場所を作っている」という。

 

 

11話は完全にこの3人目の視座なわけです。

これを書けるアニメは中々ないですよ。あまりにも高尚すぎる。

 

「料理」を通じて、美味しいの枠組みを超えて、幸せになる空間を作っている。

そう感じられるように演出や作画も頑張ってて、

こんなに大団円なことない。

 

【結論】

神アニメ・・・。

 

※ちなみに飯が何かこう、グルメ漫画ばりに工夫が凝らされてるとか、

 そういうアニメじゃないので、その点はご了承ください。

 

【感想】すみっコぐらし ツギハギ工場のふしぎなコ【映画】

こんちは。三千院ナギです。

 

ツギハギ工場のふしぎなコみてきました。

良い話だね。うんうん。

 

映画なので順を追って感想書いていきます。

 

 

 

(1)しろくま、お前そんなバックグラウンド持って単価・・・。

しろくま、寒いの苦手ってのは知ってたんですけど、

 

・双子で

・何も言わず家飛び出してきてて

・お前よく見たら冬毛?生えてないやん・・・

 

ってのは知らなくて、

色々想像しちゃいました

特に皆が雪の中楽しく遊んでいるところを、家の中から眺めているシーン

せ、切なすぎる・・・

 

他人を羨ましく思う気持ちを前面に感じたシーンでした。

でも、その原因が「寒さ」にあるって自分で判断して、

多分なんやかんや経て、家を飛び出して

そして今があるんだとしたら、

それもうお前の力だぜ。逃げなんかじゃないぜ。

しろくま・・・。よくやったよ。行動に移せたんだな。

 

(2)おもちゃ工場について

ノルマがあって、

朝体操して、各々の配置について、

MVPを何度とったか見える形で出されて・・・。

 

これ典型的な昭和型の日本企業でワロタ。

 

大前提に「忘れ去られた工場」という側面があるので、

製造工程なんかも凄く昔な雰囲気でもおかしくないな、と思いました。

(僕、工場で働いたことないので、

 もしかすると工場の現場では今でもこんな感じなのかもしれませんが・・・。)

 

で製造商品が「ぬいぐるみ」を主軸に

「ロボット」だったり「怪獣」だったりするのもこの歳になるとなんか

エモく感じる。昔買ってもらってたなーみたいな。

今の子供ってそういうの買ってもらって喜ぶんだろうか?なんて、

そういう邪推もしてしまったりw

 

まとめると、ノスタルジーな感じですね。

 

(3)おもちゃ製造しすぎ故に起きた諸問題について

工場にスタンプを押されたぬいぐるみたちがのきなみ

 

「遊んでー」「遊ぼうよー」

 

と言っていたのがくるしい。

街の人たちは大体もう幼少期を越えてて、

遊んでーというぬい達をこわがる。

 

後から振り返ると、

工場は「かまってほしかった」「さびしかった」から、

その出力の結果として「遊んでー」と叫ぶおもちゃたち

という出力になったんだろうと思うと、

せつなかったですね。

 

(4)しろくまが手を差し伸べる。

じゃあ、そんなツギハギ工場に誰が手を差し伸べるのか。

 

この物語は「しろくま」が手を差し伸べないといけないんですよね。

他のキャラじゃダメなんです。

理由がいくつかあって、

 

1:しろくまがくまの人形をずっと捨てずにもっている

2:しろくまはずっと人形と遊んできた

3:しろくまは人形のボタンを「探すために」工場にきた

(=しろくまはこの先も、人形を大事にしたいというWILLがある

 

というのが理由です。

だから、工場の「さびしい」「もう1人はいやだな」という気持ちに

渾身の「すてないよ」を言えるのはしろくまなんだなと。

 

工場も、しろくまの持つ人形も「ツギハギ」。

ツギハギな理由って背景違えどそれぞれ「理由」があって、

そこには人の願いが込められているんですよね。

 

手が入って手が入って手が入って・・・。

でも理由は変わらないんですよ。

工場なら、「良いものをもっと多くの人に届けたい」。

しろくまのぬいぐるみなら「僕の友達であってほしい」、とかですかね

 

そういう思いがツギハギには込められてて、

形ちがえど、理解ができるのはしろくまだと思うから、

そのしろくまからの言葉も響くのかな、と。

 

(5)じゃあ、しろくまはなんで人形を家に置いていったの?

しろくまがそもそも、

あたたかい地を求めて家出したとき、

なんで人形を家においていったのさって疑問は残り続けますよね。

これは僕の中で決着をつけないと、と思って考えました。

 

僕はこの点かなり好意的に解釈していて、

しろくまは、友達を作る為には、

 今ある殻を破らないといけないと思ったのではないか?

という推察がかなり強いです。

 

つまり、

「いつまでもぬいるぐみのくまさんは

 僕の友達でいてくれるけど、

 それだと僕はずっと家の中から外で遊ぶ他のコたちを

 羨ましそうに見ることしかできないんだなって

っていう気づきなんじゃないかなと思います。

 

だから、しろくまの「寒くない場所に行く」って決断は

「家の外に出る」ってことで、

それは大きな一歩なんだってことなんですよ。

 

そして、だからこそ、

家の中で友達だったぬいぐるみは置いていく。

なぜなら、

 

ぬいぐるみはしろくまにとって最高にいいやつで、

 ずっと一緒にいられるから」。

お前がいたら、決断が鈍るよね。

新しい友達が出来なくても、お前がいればそれでいいってなるよね。

そういうことなんじゃないかなあと好意的に解釈している。

 

で、これって「別にお前と友達やめたわけじゃない」ってのが

とても重要だと思ってます。

それが「すてないよ」につながるのかなと。

「四六時中ずっと一緒にいるってのが、

 1人じゃないってことじゃないんだよ」ってメッセージを勝手に受信しました。

 

 

(6)総評

 

こういうおもちゃを捨てる/捨てない系は弱いです。僕。

昔からモノを捨てられない性分なんですけど、

「いつか使うかも」とかだけじゃなく、

「捨てるのかわいそう」という思いもどこかにあるんですよね。

おもちゃに感情なんてあるわけないじゃん!って言われると

それまでなんですが、

そう感じる主体は「自分」なんだから、仕方ないじゃん・・・。

 

というか思えば、ソフビ人形とか、

自分から捨てたことないかも。親に捨てられて、後からキレるみたいなのは

一杯あったw

 

話それましたけど、

しろくまにとって、くまのぬいぐるみは紛れもなく「友達」だったんだと思うし、

くまのぬいぐるみも「遊んでほしい」って多分思ってて、

だからこそ街にああいう形で発露して、

その想いが両方向であるうちは、お互いを大切にできたらなって思いました。

 

そしておもちゃから「遊んでほしい」と感じる主体は自分なので、

自分がこの先も「大切にしたい」と思うなら、

それはもう両想いだし、大切にすべきだなと。

身の回りの物を改めて大事にしようと思えました。

 

追伸

ボタン、結局どこいったん?

【感想】ログ・ホライズン 1期 見た【アニメ】

こんちわ。三千院ナギです。

 

ログ・ホライズン 1期見ました。

これ2013年のアニメなんですね。いいアニメだったと思います。

2期も見たい。

 

何が良かったのか?ってことだけ

言語化しようと思います。

 

 

 

(1)ノンストレス

MMOの世界に閉じ込められた人間たち・・・という設定上、

過剰に暗い世界観になったり、

ハードな展開が待ち受けていても不思議ではないんですが、

ログ・ホライズンはそれがないんですよね。

 

死んでもリスボーンすることを筆頭に

この世界にいつづけることで発生するリスクとか、

少なくとも序盤では明らかにされていなくて、

だからなのか結構みんなのほほんと生きているんですよね。

 

それが良かったw

 

勿論

富の独占をしようとPKが出てきたり、

取り仕切る高レベルギルドが生まれたり、

色々な事象は生まれるんですけど、

やっぱ深刻さはないんで、良くも悪くも「軽い」んですよ。

なので、「毒」にはならないので、惰性で見られる

それがいいとこです。

 

(2)MMOを理解(わか)ってるよね。

2つ目に、MMOを理解しているよねという話をしたくて、

ここが本当にぽさがあるなあと思ってます。

 

と、いうのも、

MMOを取り扱った作品て数多くあって

スキルや転職、レベルの概念を細かく取り入れている作品は

一杯あるんだけど、

 

でも、それってMMOを完全に表現しているかと言われると

そうではないと思うんだよね。

 

プレイしている人間がそのシステムの中で、

どういうコミュニティを作って、

周囲とどんな上下関係があって、取引における力学が生まれて…みたいなとこが

MMOの醍醐味というか真骨頂だよねって、MMOやってた側は思うんです。

日常にまで浸食してくるような、そんな感じ。

 

MMOの狩場を自分が独占するために朝早く起きて、とか

狩りをする為に学校や仕事から早く帰って、グループ組んで狩り続けるとか、

狩り終わったらみんな集まる広場でチャットに興じる、とか。

そういうのっすよ。

 

IN出来る時間が学生と社会人で違ったり、

それ故にプレイスタイルが各々で異なったり、

だからこそギルドの方針も異なったりみたいな。そういうとこまで描けてるか。

 

で、こログ・ホライズンにはそれがあるんですよ。

先述したギルドの存在や、PKしたくなる人の心理など、

MMOやってれば誰でも「あーまぁわかるよね」という「事象」が

ちゃんと描かれてて、そういう意味で面白い作品でした。

 

(3)世界観を「理解する」おもしろさ。

俺、異世界転生やMMOの世界に入っちゃいました系ってたいていが

世界の仕組みを理解する面白さ」のおかげで序盤は見てる側にバフがかかって

ゆえに強くのめりこめる要素ってあると思ってるんすよ。

 

この面白さはパズルを解く面白さだったり、

授業で新しい何かを学んでいるときに集中して聞いてるときの

頭の中で何かを整理していく過程に近いんだと思う。

つまり「熱中」できるんですよね、仕組みを理解するフェーズは

 

だからこそ、逆の事象もあって、

ある程度世界観が見えてくると、没入感が急に消えて

残った面白さがストーリー的な面白さなんだけど、

それは他の異世界転生系と変わらなくて、だからぺらく感じて

途中で見なくなるみたいなことって往々にしてあると思ってて。

 

そしてログ・ホライズンにはそう感じさせにくさがあると思ったんす。

そりゃそうだよね。

 

MMOのシステムのみならず、そこで生きてる人らの考え方とか、

コミュニティとか、そういうとこまで踏み込んで描かれてるから、

世界観の拡張性あるし、まだまだ共感できそうなとこありそうだなって

そんな期待が1期終わってもなお持てるんですもん。

 

結論:語り継がれる名作ではないけど、良いアニメ。

【感想】Angel Beats!を今更見た【アニメ】

Angel Beats!を今更見た。

折角見たので一番印象に残ったことを文章で落としておく。

 

俺が一番印象に残ったこと、それは

青春時代は美化されがちだが、事実は小説より奇である

ということ。

 

 

Angel Beats!むせかえるような2000年代アニメのかおりが充満したアニメで、

彼らの設定上、学生生活を色濃く描く必要があり、

当時特有のオーバーな表現が沢山使われていて、

こんな日常ないっすw」って思うような、そんな毎日が作品の中では続いていく。

 

 

だーまえが当時既におっさんだったから? とか

当時の段階でアニメ見てた人って今よりも高齢だったよな とか

アニメの設定上、濃すぎる日常やんないと逆に不自然なわけ? とか

色々考えたくなるくらい、今のアニメじゃ濃すぎる表現だらけ。

 

 

多分若者受けはしないんだろうなーと、28になった俺は感じた。

ほら、今のアニメ割とたんぱくじゃん。

オーバーな表現は抑えて、その分、現実感ある方が好まれるイメージ。

俺もそっちの方が好きだし。醒めないので。

だから濃すぎるなーと。

 

 

だけど、そのくどさがAB!に関しては刺さっている。その濃さがよかった。

今の淡白なアニメたちにはないそのぶっとんだ日常が、

俺が過ごした思い出の中の中高時代と変わらないテンションのように思えてよかった。

 

 

AB!のコンセプト的に、「じゃあ俺の中高時代ってどんなんだっけ」って

思い返しながら見てたからかなー。

普通はくどくて見れなくなってるとこを、AB!は見れてしまった。

 

 

まぁ俺の中高生活って別に殺されても死なないなんてことはなかったし、

銃を乱射もしてなければ、ゲリラライブなんてしてなかったけども

当時は俺自身の可能性を決めつけてなかったし、色々無敵だった気もしていて、

そういう意味で思い返しながらも謎に重ねてしもた部分もあったので、見れた。

 

 

これはね、今まさに中高生をやっていたりすると多分俺は見れてない。

こんな日常ねーしwみたいな。

あるいはあったとして、これを「尊い」と思えてないと思うw

 

 

でもこの歳になって、俺の中での青春時代が化け物のように美化され、

非常に尊く感じているので、描かれているくどすぎる青春が

「これぐらいでちょうどいいかもね」と思えてしまって、

 

スッと日常シーンが入ってくるわ、更には終盤の流れが読めてくるにつれて

あ、良いアニメだわこれ」となるわ、大変でした。

 

 

あの時代はあの時代にしかなかった特有の何かがあって、

完全にバグった日常だったわけで。

28年経った尺度から見ると、青春ってイレギュラーだったと思う。

 

あのさあ

10話でひなたがユイにさ

 

俺、野球やってるからさぁ。

ある日、お前んちの窓をパリーンって打った球で割っちまうんだ。

それを取りに行くとさ、お前がいるんだ。それが出会い。

話するとさ、気があってさ、いつしか毎日通うようになる。

介護も始める。そういうのはどうだ?

 

て言うわけじゃん?

俺から言わせてもらえば、それが言えちゃうこと自体が青春なわけよ。

バグ以外の何物でもないわけ。28歳にもなってしまった俺視点で言うと。

でも青春時代なら、「まぁありうるなぁ」と。

 

 

青春時代は美化されがちだが、事実は小説より奇なわけ

 

 

そしてそんなセリフを聴いて、

もう戻ってこない、あるいは時間が不可逆であることを良いことに

本当は言えるかもしれないのに言わないスタンスを切ってる今の自分との

果てしないギャップを覚えて、俺の心の感動に繋がるわけよ。

 

 

そんなことを

前世で満足に楽しめなかった若者たちが集う死んだ世界戦線の面々のくどい日常を見て

感じたという話です。